こんにちは。
最初に、あるエピソードを紹介したいと思います。
中学受験に挑んだ一人の少年(仮にAくんとしておきましょう)についての話です。
Aくんは3年生の後半から塾通いを始めました。理由はAくんのお父様の母校であるK大学の付属中学校に進学したいと考えたからです(ひょっとしたら中学受験を始めるに当たってはご両親の勧めもあったのかもしれませんが)。
Aくんと会話をしているとお父様の話がよく登場します。Aくんにとって無口で少し怖いお父様はちょっと近寄りがたかったようですが、Aくんのその口ぶりからお父様に憧れている気持ち、誇りに思う気持ちがわたしにはひしひしと感じられたのです。
Aくんの中学受験勉強は決して順風満帆に……というわけにはいかず、紆余曲折あったものの、どうにかK大学付属中学校を「挑戦校」として狙えるかもしれない成績までになりました。
しかし、入試結果はK大学付属中学校に不合格。第2志望校であるS中学校に合格、進学を決めたのです。
第1志望校の夢が破れたAくんの落胆ぶりは相当なものでした。ただ、救いはAくんのお母様がS中学校の進学を心から喜んでいて、Aくんに明るく「S中学校だったら一流の進学校なのだから、がんばればK大学よりもっと難しい大学に行けるかもしれないわよ」なんて声をかけていたことです。
そして、数か月が過ぎ、Aくんが中学校生活に慣れた頃、彼は塾に立ち寄ってくれたのです。
Aくんは開口一番、「ぼく、いまの学校に通い続けながら、高校受験でK大学の付属高校を目指したい」。聞けば、中学受験でK大学付属中学校に不合格であったのがとにかく悔しくてたまらないとのこと。ご両親はどうお考えなのかとたずねると、お母様は反対していてS中学校で中高生活を謳歌すべきだと言っている。一方、お父様は黙して何も語らないとのことでした。わたしはどちらかというとお母様の考えに賛成だとそのときは伝えました。なぜなら、Aくんは別にS中学校に不満があるわけでなく、ただただ中学受験結果を引きずっているだけだと感じたからです。
Aくんが塾を去ってすぐにわたしはAくんのお母様に電話をかけました。そして、あるお願いをしたのです。
数日後、Aくんのお母様からわたしに電話がかかってきました。お母様は嬉しそうにこう言いました。
「先生、ありがとうございます。AはS中学校でこのままがんばると張り切っています」
さあ、わたしがお母様にどういうお願いをしたかお分かりになりますか?
わたしはお母さまに対してこう提案したのです。
「Sくんの中学受験は残念ながらまだ終わってはいません。わたしはお父様がSくんの中学入試結果についてちゃんと面と向かって話をすることが必要だと思います。お父様にご協力してほしいのです」
お母様から聞いた話は次のようなものです。
休日の夕食時。お父様、お母様、そしてAくんの3人が食卓についたタイミングで、お父様がAくんにS中学校の学校生活について尋ねました。Aくんはいまの学校が楽しいこと、でも、高校受験でリベンジを果たしたいことを話したそうです。お父様はそんなAくんに対してしばらく無言で頷いていたみたいですが、Aくんの話が終わったあと、こんなことばを穏やかな表情で語りかけたそうです。
「A、お前は中学受験がんばったよ。残念ながら第1志望校は届かなかったけれど、父さんはS中学校に合格できたお前は大したものだと嬉しく思っている。A、このままS中学校でがんばりなさい」
その途端、Aくんはあたかも全身を震わすように泣きじゃくりました。
季節はもう初夏を迎えていました。
Aくんの中学受験はここでようやく終わったのです。
Aくんは尊敬するお父様に認められたいと心の中でずっとずっと願い続けてきたのでしょうね。
このエピソードでわたしが言わんとすることはもうご理解くださったはずです。
お母様が第1志望校の不合格を引きずり、落胆した姿を見せることは絶対にあってはいけません。
厳しい中学受験。第2志望校のみならず、第3志望校にも合格した息子さんは立派ではないですか。ここはお母様が息子さんに労いのことばをかけ、よくがんばったねと心から喜んでやってください。
息子さんの中学受験に早く終止符を打ってください。
それができるのはお母様しかいないのです。
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中学受験専門塾「スタジオキャンパス」代表。東京・自由が丘と三田に校舎を構える。国語・社会担当。著書に『中学受験で子どもを伸ばす親ダメにする親』(ダイヤモンド社)、『13歳からのことば事典』(メイツ出版)、『女子御三家 桜蔭・女子学院・雙葉の秘密』(文春新書)、『LINEで子どもがバカになる』(講談社+α新書)、『旧名門校 VS 新名門校』(SB新書)など多数。最新刊は『男子御三家 麻布・開成・武蔵の真実』(文春新書)、『早慶MARCHに入れる中学・高校』(朝日新書)。現在、プレジデントOnline、こそだてオウチーノなどで記事を連載している。