2017-03-06

【連載】編集部注目の学校 徹底レポート
第4回 芝中学校・高等学校 ベトナム研修報告会


はじめに


芝中学校・高等学校では、2013年からベトナム カイベー村での5日間のホームステイを含む7泊8日の研修を行っています。
上下水道の整備ですら日本のように完全ではない「発展途上国」とされる国、しかも社会主義国であるベトナムで暮らしたとき、十代の若者は何を思うのでしょうか。
昨年に引き続き、編集部はベトナム研修報告会を取材させていただきました。


なお、この報告会は研修に参加した学生から、保護者に向けて自分たちがベトナムで学んできたことを伝えるというものです。土曜日ということもあってご両親揃っての参加も見られます。
この貴重な研修はもちろん、学校の努力と参加者家庭の理解・協力どちらが欠けても実施しえないものですが、編集部が想像していた以上に家庭からの眼差しが熱心で温かいものであることを感じました。






1、研修スケジュール





2、15分間の動画


引率の先生が現地で撮影したビデオを、15分間にまとめたものを上映。
現地の人々と学生の打ち解けた様子に笑いが起きる場面もありつつ、最終日の別れの挨拶では映像の中の学生とともに涙する親御さんも見られました。




3、学生によるプレゼン


研修に参加した学生一人ひとりが、パワーポイントを使い研修で感じたことを発表しました。
以下にそれぞれの要旨をまとめます。



<思い出は人でできている>

研修から帰ってきて、思い出すすべての場面にたくさんの顔があることに驚きました。先生や現地の人々など、自分に見えたところだけでも多くの人の支えがあり、見えないところも含めれば数え切れない人に自分は支えられて、この研修を無事に終えることができたのです。
ベトナムで出会った人々は言葉が通じなくても身振り手振りでいろいろ教えてくださるし、会話に詰まっていても積極的に話しかけてくれてありがたかったと思います。初日の自己紹介では緊張しておりぎこちない接し方しかできませんでしたが、最終日には涙で別れを惜しむほど打ち解けられました。
カイベー村の子供たちとは、言葉やルールがわからなくても一緒に遊んで仲良くなれました。しかし英語が通じるカイベー高校では意思疎通が容易で、人間同士は言葉の通じる相手とでないと交流し良い関係を作れないわけではないけれど、通じる言語を持っていることは大きな武器になると実感した一週間でした。
ベトナムの人々だけでなく、一緒に研修へ行ったメンバーにも感謝していますし、共通の思い出ができたことが嬉しいです。今ここにいるどの顔を見ても、全員と思い出があって、思い出は人でできていると感じました。良い思い出ができるかどうかは良い人に出会えるかどうかだと思います。
自分は良い人たちと行動し、良い人たちと出会ったおかげでベトナムにまた行きたいと思うようになったので、外国から日本へ来た人々にも、日本を同じように思ってもらうべく、自分も海外からの人々には積極的に温かく接したいです。



<「当たり前」は当たり前ではない>

日本に閉じ込められていると感じていたので、その殻を打ち破りたいと思い今回の研修に参加しました。ニュージーランドやカナダでの研修もありますが、発展途上国は未知の中の未知で、憧れがあったのでベトナム研修を選びました。
実際に行ってみて、日本で「当たり前」だと思っていたものが、世界ではまったく当たり前でないことに気付きました。それは温度や湿度、街の匂いといった大きなことから、ホームステイ先の家に「玄関」という空間がないこと、温かい湯の張られた浴槽がないことといった日常の細かい部分まで何もかもが違っているのです。
代表での挨拶をするためにベトナム語を覚えていきましたが、結局それらはほとんど通じることなく、しかしそのおかげで言語が通じなくても積極的にコミュニケーションを図ろうとする度胸が身についたように思います。
また、新しい世界に接しただけでなく、同行した先生や同級生の新たな一面を知ることもでき、自分も変わることができました。研修前は人と人とのつながりを軽視していたところがあり、自分を客観的に見ようとしていたのですが、主観で楽しむことの大切さを知りました。



<「いただきます」「ごちそうさまでした」の重み>

日本では、欲しいものを欲しいときに買うことができるし、食材も魚なら切り身に、肉ならブロックになっているのが普通です。
それに対してベトナムでは、自分で育てたものを庭や近くの沼などから必要なときに獲ってきて、裁いて食べます。
沼に足を取られつつ魚を捕る、足がすくむほど高いヤシの木からココナツを取る、ライスペーパーを破れないように作る、土中から芋を掘る、という体験を通じて、人間は動植物の命をいただいて生きているのだと実感しました。また、生きていた命、しかも大切に育ててきたものを快く分け与え、ごちそうしてくださったことに深い感謝の念が生まれました。
日本でほとんど苦労をせず食べ物を手に入れられるのはとても恵まれたことですし、これまで何気なく使っていた「いただきます」「ごちそうさまでした」という言葉が持つ意味の真の重さを知ったように思います。これからは命をささげてくれた動植物やそれを育ててくれた人に感謝して食べたいです。
また、食べることは栄養を取るだけではなく、言語や文字と同じようにコミュニケーションそのものでもあります。食卓を共に囲むごとに言語が通じなくても仲良くなれ、意思疎通できるようにもなりました。





<食文化を通じて知るベトナムの人々の国民性>

食事に興味があり、本場のベトナム料理を食べたかったこと、日本料理をベトナムに紹介したいという思いがあったことから、この研修に参加しました。
ベトナムは文化的に、北に国境を接する中国と、かつて宗主国だったフランスの両国から影響を受けており、料理も同じです。
インディカ米、汁物、おかずという構成の食事が一般的で、主食が米であるところ、箸を使うところは日本と似ていますが、実際に行ってみて日本とは異なる部分が記憶に残っています。
例えば、箸は日本のものと違って25cmくらいの長くて太いもの。太さも一定で初めは使いづらく感じました。
また、汁物がついている場合はそれを米にかけて食べるのが基本的な食べ方で、日本で味噌汁などをごはんにかけたら少々行儀が悪いとみなされますが、ベトナムでは違います。
食事の最後にフルーツが必ず出てきますが、それは庭に生えているものを取ってきてすぐ食べるので、非常に新鮮で美味しいし「デザート」のようにかしこまった印象でもありません。
食事をしながら積極的に話しかけてくださることや、一人ひとり取り分けられているのではなく大皿からみんなで取って食べるという食事スタイルが一般的だったことから、人々の繋がりが深い国だと感じました。
自分たちでもそばやのりまきを作ってカイベー村最後の夜にふるまいました。ベトナム語はわからなくても、美味しい、これは何?と話しかけてきてくださったのはなんとなくわかります。美味しいものを食べて幸せになるのはどこの国で生まれ育った人間でも同じなので、食事はとても重要な交流手段であると言えるでしょう。



<コミュニケーションに言語は必ずしもいらない>

今回の研修で、自分はひたすら遊んでいたように思います。現地の子供たちと毎日色々なことをして遊びまわりました。
バドミントンの羽のようなものを蹴って遊ぶ「羽蹴り」やトランプゲームが主な遊びで、特にトランプは非常に人気がありました。子供同士での遊びというだけでなく、ホームステイ先の家に隣の家からもよく人がやってきて、一緒にトランプをします。
最初はまったくルールがわからず、負けてばかりでしたが、その悔しさでなんとかルールを教えてもらおうと必死になってコミュニケーションを取ったおかげでかなり早くに打ち解けられたと思います。初めは言葉がわからなくても、トランプには数字が書いてあるのでそこから少しずつ分かるのも助かりました。
ゲームで勝ち負けを付け、盛り上がることで人と人との距離が縮まります。コミュニケーションに共通の言語は必ずしもいらないのだと思いました。
自分も言葉はまったくわからないままベトナムへ行きましたが、色々な人と出会い、共に遊んで、思い出がたくさんできました。



<まずは理解をしようと努めること>

ベトナム研修に参加しようと決めたものの、出発前は不安でいっぱいでした。ベトナムはバイクが多いと聞いていましたし、料理は美味しいのかわかりませんし、事前に勉強していったベトナム語は難しくてまったく自信がありません。
しかし、実際に行ってみると現地の人々が非常に温かく迎えてくださり、不安は吹き飛びました。
ホームステイ先につくなり、ホストファミリーの7歳の子どもがトランプを配り始めてゲームを開始したのですが、ルールを必死で理解しようとしているうちになんとなくコミュニケーションもとれるようになっていました。
交流した学校の生徒さんたちも、こちらが名前を正しく発音できなくても怒ったりからかったりせず根気強く教えてくれました。研修から一ヶ月が経ちますが、いまだにフェイスブックで交流しあっている友人もいます。
コミュニケーションを取るには、まず相手のことを理解しようという思いを持ち、出来る限りの努力することが大切だと思いました。
ベトナムの方々はみな心が豊かで、ホストファミリーや交流した中学校、高校の生徒たちが優しかったのはもちろん、道で挨拶をするとまったく見知らぬ相手でも誰もが温かい笑顔で手を振ってくださったり挨拶をしてくださったりします。
出発前はあれだけ不安があったのに、帰ってきた今となっては「ベトナム最高!」という気持ちでいっぱいです。また行きたいと思いますし、今度行くときにはもっとベトナム語を勉強して研修のときよりも更に深いコミュニケーションを取れるようになっていたいです。





<出発前の不安が楽しい思い出に変わった>

研修が始まる前は、ベトナム語がまったくわからなかったので言葉が通じない相手と話すことができるのか不安でした。
しかし行ってみると非常に快く受け入れていただくことができ、楽しいと感じました。
ベトナムは住宅が開放的な造りになっていて、隣の家がとても近いですし壁などないかのようにすぐ人が来ます。ホストファミリーの家にいたはずが、気付けば家族として紹介された中にいらっしゃらなかった人と一緒に遊んでいることもありました。少し驚きましたが、それもまた楽しかったです。
生活文化の違いに驚かされることもありました。まず料理ではやはりパクチーがたくさん入っています。日本にいたときは好きでも嫌いでもありませんでしたが、ベトナムで食べ続けていたら完全に嫌いになりました。また、交通事情だとバイクの多さに驚きます。帰ってきてから調べたところ、ベトナムの交通量の約8割はバイクだそうです。最後に、お手洗いやお風呂は日本と違い桶に水を貯め、自分で流すというものでした。蛇口をひねればお湯が出てくるということはありえません。
農業体験の後で木登りもしましたが、現地の人がするする上っていくのを見ていると簡単そうなのに、自分でやってみたら筋肉の使い方が全然わからず難しかったです。
ベトナムでは日本にいたら絶対に体験できないことをたくさん知ることができました。
言語が通じないのは大変でしたが、豊かな表情や理解したい気持ちがあれば壁は乗り越えられます。自分が笑顔でいれば相手も笑顔になりますし、困った顔でいると助けてくれました。
出発前はあれだけ不安だったはずなのに、今では将来機会があればベトナムで暮らしたり働いたりしたいと思っています。



<ベトナムでの一日の流れ>

ベトナムでは4~5時に起きるのが一般的です。それも、目覚まし時計などではなく庭で飼っているニワトリやブタが鳴くので自然と起きることになります。
朝食にはベトナムコーヒー(濃い少量のコーヒーに同じくらいの練乳を入れたもので頭が痛くなるほど甘かったです)が必ずついてきました。家族で一緒に食べるのが基本で、量はなかなか多い印象です。
学校の始業は日本よりも早く7時。車で街中を走っていてもよく学校や通学中の学生を見かけたので、ベトナムには学校が多いように感じました。学校内でスマートフォンを使うのは禁止されているとのことですが、みんなこっそり使っているというのは日本と同じでした。驚いたのはバイクの小さいものは免許がいらないらしく、バイク通学の学生が相当数いたことです。
おやつはココナツジュースやフルーツで、庭や道端に生えているものを取ってきて食べます。
夕食は朝よりもっと量が多く、野菜がほとんどで味付けは意外と日本食に似ているように感じました。
蚊帳を吊って、9~10時くらいには就寝します。自分も普段日本にいるときは絶対こんな早い時間には寝ないのに、農業体験などで疲れ切っていたためかぐっすりと眠ってしまいました。
社会主義であり発展途上国でもありますが、時間の使い方、健康的な食事、自然との近さなど日本が学ぶべきところはたくさんあると感じました。



<ベトナムの印象が変わった>

とにかく海外へ行きたかったのですが、カナダやニュージーランドの研修もある中でベトナムを選んだのは、せっかくの研修なのでそこでしかできない体験がしたいと思ったからです。ベトナムならば最も環境が日本とは離れており、言葉も通じないので楽しそうだと思いました。
期待した通り、ベトナムではたくさんの新鮮な驚きを体験することができました。
70cc以下のバイクは免許なしで乗ることができるため、年齢制限もなく自転車感覚で乗り回されています。バイク通学をしている中学生も見ましたし、自分がホームステイさせていただいたホストファミリーの16歳の女の子もバイクで高校に通っていました。
バイクに長時間乗ると腰が痛くなるため、その痛みを癒すハンモックも大人気でした。単に寝心地が良いのもあるらしいのですが、一家に一台くらいはハンモックがあるそうです。実際に自分のホストファミリーも持っていました。ハンモックに座ってごろごろできるカフェもあるといいます。
鍵はあまりかけないのかと思っていたのですが、昼は確かに開け放したままで生活しているものの、夜になると家中を完璧に戸締りします。もしかすると日本より警戒心は強いかもしれません。少し自分の中でのベトナムの印象が変わりました。
学校のノートも見せてもらったのですが、鉛筆で書いて消しゴムで消すという習慣はあまりないそうです。基本的にノートはボールペンで取るものだということでした。今もフェイスブックで交流している友人が成績表の写真を送ってくれましたが、ほとんど10で尊敬しています。しかしそういう子が勉強ばかりしているタイプだったかというとそうではなく、雨でぬかるんだ土の校庭で泥んこになりながら一緒に遊んでくれました。
物質的にはたしかに豊かとは言えないかもしれませんが、人々の心は豊かなのだと感じました。





<次は自分の力だけで行ってみたい>

最近勉強に集中できなかったこともあり、外国に行けば心境が変わって堕落した生活から抜け出せるのではないかと思ったこと、自然が好きで興味があったことからベトナム研修に参加しました。
行った結果、勉強に集中できるようになったかというとそうでもないのですが、楽しかったとしか言えないほど楽しかったので良い経験になったと思います。
ベトナムでの一番の壁は、日本語が通じない中でのコミュニケーションでした。
訪問先の中学校では英語も通じないためなかなか話しかけづらかったのですが、みな気さくにツーショットやサインを求めてきてくれて、それがきっかけで気まずさがなくなりましたし、簡単な運動会を一緒にしたことで仲良くなることができました。スポーツが言語を超えることもあるのです。
その後訪問した高校は英語が通じるため、コミュニケーションが容易でした。「しゃべる」ということの重要性を痛感しました。
あまり得意ではない英語でたどたどしく交流を図る中で、どんどんベトナム語を理解したいと思うようになりました。特に、ホストファミリーの4歳の女の子がベトナム語で話しかけてきてくれたときに、この子が自分に言ってくれていることをなんとか理解したいと強く感じました。
しかし、結局のところ今回の研修はJTBの企画や先生方による細心の注意、そしてホストファミリーの方々の優しさに支えられた「お膳立てされた旅行」だったと思います。
次は計画段階から自分で行い、ベトナム語を勉強して、飛行機なども自分で取り、もう一度行きたいです。



<自給自足の過酷さと人々の温かさ>

研修が行われたカイベー村は、自給自足の生活が中心で一言でまとめると「田舎」です。
庭に飼っているニワトリの声で起き、家の裏にある池で釣った魚を食べることもよくあります。ホストファミリーのお父さんは少し離れたところにある畑へ毎朝バイクで出勤します。
自分も魚つかみや芋掘りなど、食材を自分で得る機会をいただきましたが、食べ物を手に入れることの大変さを知りました。自給自足の生活はあまりにも過酷な重労働で、毎日9時前には疲れてぐっすり寝てしまったほどです。
しかし仕事が終わった後の達成感はとても清々しく、自分が取ってきた材料で作られた食事はいつもより美味しく感じました。また、疲れて帰ったときに食事を作って待っていてくださるホストファミリーの存在も温かく身に沁みました。美味しいと言うとそれだけで心から喜んでくれるので、こちらも嬉しくなります。
大変な苦労の末に得た食材で作ったものなのに、それを惜しむことなくおなか一杯食べさせてくださったホストファミリーの皆さんへの感謝は一生忘れません。
今回、ベトナム研修に参加できて感謝しています。ベトナムの人々から食べ物だけでなく経験も気持ちもたくさんのものをもらい、それを何も返せないまま帰ってきてしまったので、いつか自分で機会を作って恩返ししにいきたいです。



<ベトナムの家庭環境について>

カイベー村の一般的な家の構造は開放的で、道からでも家の中が丸見えの状態です。天井が高く、部屋と部屋の区切りになっている壁が天井までの高さの半分くらいしかないため通気性が良くなっています。寝るときはマットレスを敷き、蚊帳を吊りました。なお、寝るときに虫除けをきちんとしていれば蚊にはほとんどさされません。
家の中には食事をするテーブルとお茶をするテーブルが別にあります。ハンモックがあり、そこでくつろぐこともできました。
ニワトリを庭で放し飼いしていたので逃げていかないか訊いたのですが、長年その場所で飼い続けており、餌があると知っているから逃げていくことはほとんどないそうです。
最も違いを感じたのは水回りでした。お風呂は蛇口からの水をバケツですくって浴びるもので、湯船で温まる場所ではありません。気温と湿度が高いため冷たい水でもちょうど良かったのですが、日本だったら夏でも寒いと思います。また、自分を迎えてくれたホストファミリーの家はトイレが水洗の洋式便座でしたが、他の研修メンバーに聞くと、家の外にある水瓶から溜まった雨水を桶で汲んできて流すという体験をした人もいました。
出発前に調べていった通りバイクは多かったのですが、日本でのいわゆる「バイク」とは違って、少しスピードが速い自転車ぐらいのイメージです。ただ、クラクションにはいつまでも慣れなくて怖かったです。
交流した高校の女子生徒たちはアオザイを制服として着ています。ベトナム語で長上着という意味で、見た目はチャイナドレスに似ているのですが意味の通り下にズボンを穿く服です。元々は男性用の服でしたが、女性の体のラインを美しく出すように変えられてから女性の正装となり、現在では制服や婚礼に使われるようになりました。
研修は大勢の人により守られた環境で行きましたが、この守られた環境があったからこそ気兼ねなく交流を楽しめたのだと思いますし感謝しています。次は自分で自分を守るという状況の中でもう一度行ってみたいです。





<言語の壁がある中でのコミュニケーション>

海外旅行は好きですが、ベトナムにはなかなか行かれないのでこの研修に参加しました。
体を動かすのが得意なので、他国の人とスポーツをしようというのが研修に参加する上での目標でした。
中学校でダンスや歌による交流をして、事前には盛り上がるかどうか不安だったものの、とても喜んでくれたのがこちらまで嬉しくなりました。
自分が目標にし、また最も楽しみにしていたスポーツ交流では、中学校でバトミントン、バレーボール、運動会を行い、高校ではけんけんぱのような遊びでぶつかり合って、とても良い思い出になりました。
スポーツ以外での交流は、折り紙は鶴しか折れなかったけれど喜んでくださいましたし、五目並べのようなゲームも一緒にすることができました。ゲームは一度も勝てなくて悔しかったのですが、何故かそれはそれで楽しく感じました。
事前に学んでいったベトナム語は、母音が17もあって聞き取るだけでも一苦労な上、しゃべるとなっては基本的な挨拶すらまったく通じなくて実は内心で焦っていました。
しかしいざその世界に飛び込んでみると、たとえ言葉は通じなくても、お互いに理解しよう、共に何かをしよう、という気持ちがあれば表情や身振り手振りでお互いに何が言いたいのかなんとなくでもわかるようになります。
ベトナムでの生活が楽しくなってきたあたりで帰ることになってしまったので、もっといたいと思いました。



<充実した生活とは何か>

生物に興味があるので、日本にはいない生き物がみられるかと思い今回の研修に参加しました。ベトナムではホームステイ先のホストファミリーが実際に日本では見たことがない魚や小動物を捕まえてきてくれて非常に充実していました。
ベトナムならではの生き物を見てみたいという目的は叶ったのですが、それとは別に、日本へ帰ってきてから、幸せとは、充実した生活とは何かということを考えるようになりました。
代表的なベトナム料理であるフォーは、日本でもレストランなどで食べられますが、気候の違いによるものなのか、食べ方が異なっています。暑くて湿度が高い環境によるのでしょうけれども、青唐辛子をかじったり、柑橘類を絞りかけたりして食べた本場のフォーは日本で食べるより美味しく感じました。
食料を自分で確保し、食べかすは庭に捨ててそれで育った植物をまた食べます。また、魚の養殖場がトイレにもなっていて、人がしたものを食べて育った魚を人間が食べ、「命」が循環してゆくという生活様式は日本ではなかなか体験できないものでした。
会う人は皆笑顔で、心が豊かな人が多いと感じました。金銭的に豊かでなくても、自然と深く関わる生活の中で、人間の心は豊かになるのかもしれません。
これからどんどん経済発展をしてゆくのでしょうが、発展途上国でなくなった後でも、ベトナムが自然と共生する心豊かな国であってほしいと思います。



<日本での暮らしが恵まれていることを知った>

ベトナムでの生活を体験して初めて、日本がいかに恵まれていて、また清潔であるかということを実感として知ることができました。これまで日本が先進国であるということは頭ではわかっていても、それがどれほどの恩恵であるかということは理解できていなかったと思います。
カイベー村へ行くときに船で渡ったメコン川は、日本では考えられないほど茶色く濁っていました。下水もそのまま川に流します。
上水も日本とはまったく異なり、シャワーとして案内された場所は蛇口をひねれば水が出てくるというものではなく自分で桶を使い水を汲んできてかぶるという方式でした。その水が雨水なので大変冷たく、今でも鮮明に覚えています。
商店街はブルーシートの上に直接服が置かれているなどまるでフリーマーケットのようでしたし、食材もきちんと包装されていませんでした。靴を履く文化もあまり浸透していないようです。食事の前に手を洗わないことや、残飯を道や庭に捨てることからも、ここは発展途上国なのだなと感じました。
しかし、そういった環境の中で生きていても、他者を拒絶せずしっかりコミュニケーションを取ろうとしてくれる、小さな子どもでも気付いたらすぐお茶を淹れてくれるなど、人々は心優しく、また美しい風景も見ることができます。その点は心の支えになったし日本人として見習いたいと思いました。





<他人のいる環境>

自分の家の隣に住んでいる人が誰なのか、よく知りません。年賀状が送った相手から返ってこないこともあります。現代の日本では他人との関わりが減っているようです。
人との会話もあまりありません。自分も、母親とすらそこまで頻繁に話していなかったということにベトナムから帰ってきて気付きました。
ベトナムでは他人との関わりがとても深くなります。常に隣人との付き合いがあり、家と外との区別すらあまりないように感じました。家が開放的な造りをしているので外から人が入ってきやすく、数分で行けるところであれば裸足で行き来しやすいようにタイルをしいていたりもします。
どの家にも石のベンチがあって、そこが常に人の集まって会話するスペースになっていました。
ホームステイ先へ行った当初は話しかけてもあまり言葉が返って来ず、コミュニケーションに消極的な人が多いのかと思ったのですが、数日経つうちに自分が話している間は親身になって聞き役に徹してくれていたのだとわかりました。
何故人が集まるのかを考えましたが、よくわからず、特に理由はないけれど集まっているのではないかと思います。フェイスブックが広く普及している(日本のインターネット人口に対する普及率34%に対し、ベトナムでは70%を超えるそうです)ことからも、他人に興味があるのではないでしょうか。
日本へ帰ってきて、言葉は通じるはずなのにとても寂しく感じています。
これからも、可能な限り人との繋がりを大切にしたいと思います。今回の研修で出発前はあまりしゃべらなかったクラスメートともしゃべることができ、ベトナムで交流した学生たちともフェイスブックでやり取りを続けています。研修での経験を生かし、温かい社会を作れるようがんばっていきたいです。




4、先生より


辛かったけれど、得るものも多かったという研修にしたいと思っていますが、前回あたりからとにかく楽しいという感想が目立つようになってきました。
それはホストファミリーの方々が快適に整えてくださっていることが大きいので、ぜひ受け入れてくださったそれぞれのホストファミリーへの感謝を忘れないでください。
また、今回の参加者に「言葉が通じるのに心が通じ合えない人がいるけれど、今回は言葉が通じなくても心が通じ合えた」と言っている生徒がいました。それぞれの発表を聞いても、みな何かしら心と体に収穫があったことがわかります。今回もベトナム研修を企画して良かったと思います。
この研修が実現したのは、ベトナムで支えてくださった皆さんの協力ももちろんありますが、我が子を研修に出すことを許した親御さんの勇気あってこそのものです。最後に参加者から両親へ、お礼をしましょう。


先生の言葉を受けて研修参加者の学生たちが立ち上がり、発表を聞いていた保護者へ感謝の言葉と共に深々と頭を下げます。
保護者からの拍手によって、3時間に及ぶ発表会は幕を閉じました。




編集部より結びに代えて


編集部が今回の取材において、最も記憶に残っているのは、研修に参加した学生たちの「敬語」です。
記事中でも出来る限り再現するように努めましたが、学生さんたちの口からは自然と「~をいただいた」「~とおっしゃった」「~がいらっしゃる」というように敬語が口をついて出てくるようでした。
自らの内から湧き上がる未知の世界への敬意と愛情を、瞳をきらきらとさせながら経験に交えて発表した学生さんたちの姿はとても眩しく、また非常に頼もしかったことをここに記しておきます。

また、「もっとベトナム語を勉強したい」「帰ってきてから調べたところでは」と、研修での学びで終わらせるのではなく、自主的に新たなことを学びたいと感じた学生さん、更にはそれを実行に移した学生さんが多かったのも印象的です。
本来学習とは、外部から強制されて行う苦行ではなく、興味関心に基づいた楽しく喜ばしい行為だと編集部は思いますが、あまりそれを知っている十代はいません。学ぶ場を幼いころから与えられてきた彼らは、その場があることがありがたいことなのだと、頭では知っていてもなかなか実感できないでしょう。
研修参加者の皆さんが、今回の研修を経て感じた「もっと学びたい」「新しい知識や技術を蓄え、それらを使って未知の世界にぶつかっていくことは楽しい」という思いを、これからの人生でも大切にしてくださることを願います。

編集部は、今回取材させてくださった学生さんたちの出発前の姿を知りません。
それでも彼らがベトナム研修を経て多くを学び、また成長して帰ってきたことがこれだけ感じられたのですから、研修前、いえ、もっと幼いころからそばで見守っていらした保護者の皆様、先生方の感動はいかほどのものだったでしょうか。

月並みな言葉ではありますが、これからの世界では国境、人種、歴史的文化的背景、それにもちろん言語など、ありとあらゆる壁を越えて積極的に相手を理解しまた相手に自分を理解してもらう努力が必須となります。
そのような時代を生きてゆかねばならない今の若者にとって、今回のベトナム研修で得た経験は大きな強み、自信となり、揺るぎない土台の一角となるに違いありません。
新しい世界で臆せずに人と人とを繋ぐことのできるリーダーを輩出しようとしている芝中学校・高等学校の取り組みに、編集部として惜しみない賛辞を贈るとともに、その素晴らしい環境で貴重な若い日を過ごすことのできる学生さんたちに、うらやましさを覚えます。




  • はてなブックマークに追加
  • Facebookでシェア
  • Twitterでシェア
  • Google+でシェア


編集部オススメ
受験に関するアンケート受験に関するアンケート

勉強がはかどる場所はどこですか?【受験生に質問】