2010-12-24

パスナビ スペシャルインタビュー
スポーツジャーナリスト増田明美さん


スポーツジャーナリスト増田明美さん

“あせらず一生懸命”が、 夢と出会いを引き寄せる

マラソンランナーとして日本最高記録を12回更新した増田明美さん。現在はスポーツジャーナリスト、大阪芸術大学の教授として多方面で活躍される傍ら、学校訪問やマラソン大会の主催など、教育支援・スポーツ振興にも精力的に取り組まれています。選手時代から努力家として知られる増田さんに、マラソン人生のスタートとなる中学生時代のお話、将来の目標の見つけ方などをうかがいました。


褒め上手な祖母が教えてくれた“頑張る”ことのワクワク感!


――幼少の頃、ご両親はどのような教育方針だったのでしょうか?

両親は専業農家を営んでいて忙しかったので、細かいことや、勉強をしなさいなど言われた記憶はありません。ただ、両親からは3つ、「嘘をつかないこと、人に迷惑をかけないこと、そして時間を大切にしなさい」とだけ言われていました。そのほかは自由でしたので、自分から進んでスポーツをしていたし、勉強もしていました。

私が一番影響を受けたのは祖母ですね。朝と夜は両親と私と弟と祖母の5人で食卓を囲んでいたのですが、とにかくおしゃべりな祖母でした。 家の中のムードメーカーだった祖母は、“親バカ”ならぬ“祖母(ばば)バカ”でもありました。私が「学校で作文を褒めてもらったよ」と伝えると、それはもう「明ちゃんはスゴイ!」って褒めてくれるんです。絵のコンクールでも金賞や銀賞といった上位ではなく、佳作だったとしてもすごく喜んでくれて。祖母からは、頑張れば褒めてもらえるという“ワクワク感”を教えてもらいました。


中2の冬に訪れた“人生最初の決断”


――陸上を始めた時期でもある、中学生のころのお話を聞かせてください。

当時はテレビアニメの『エースをねらえ!』が大人気で、私も主人公の岡ひろみに憧れて軟式テニス部に入りました。陸上を始めるきっかけとなったのは、中2の冬に複数の部活動から足の速い部員が集まって出場した“町内一周駅伝大会”です。ここでいい成績を出したことで、テニス部の先生からは「向こう(陸上部)へ行け」、陸上部の先生からも「早くこっちに来い」と言われまして。でも陸上部に入ると走ることばかりの練習ですし、ゲーム性もありません。一方、テニスは大好きで楽しかったのですが、“結果を残せる”のが陸上でしたので、陸上を選択しました。

駅伝後に校長先生が朝礼ですごく褒めてくれたというのも影響していますね。祖母のおかげで褒められる喜びに弱いんです(笑)。

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――このときの決断が、その後の陸上人生へとつながったのでしょうか?

このときはまだ、本格的に陸上をやろうとは考えていませんでした。勉強も学年で10位以内でよかったですし、『二十四の瞳』を読んで以来、将来は小学校の教員になりたいと思っていたんです。陸上のほうも、800メートルで千葉県記録を作って優勝しましたから、私はそれで大満足でした。

ところが中3の終わり頃に、当時、成田高校陸上部の監督だった滝田詔生先生(故人)がわざわざ中学校までいらして、「増田、俺と一緒に富士山のてっぺんに登ろう!」と言ってくれたんです。それで陸上を続ける決意をしました。

――集中力や持続力、忍耐力を増田さんはどのように身につけられたのでしょうか?

スポーツの力だと思います。限られた時間の中で、昨日より今日、今日より明日と自分を鍛えていくと、集中して自分を生かしきろうとします。スポーツを続けていく中で、スランプや挫折を味わうこともありますが、それを乗り越えたら大きな喜びが得られることにも気づきます。

スポーツでは、練習でも試合でも、いい体調で臨まなければいけないので、規則正しい生活が大切です。“早寝早起き朝ごはん”が大事だと言われていますが、人間は規則正しい生活をしていると、自然に体力や筋力が育まれて、その力がいろいろなことに対しての意欲につながるんですね。

受験勉強で求められていることと、スポーツで育まれることって方向性が違うだけで共通していると思います。

スポーツ以外でも、絵を描いたり、楽器を演奏したり、自分の好きなことでいいと思います。好きなことを、楽しみながら自分にあったレベルで練習すれば集中力、持続力、忍耐力は身につきます。

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