2010-04-16

パスナビ スペシャルインタビュー
作家/多摩大学経営情報学部教授・樋口 裕一さん


樋口 裕一さん

作文は一種のエンターテインメント。
基本となる「型」を教えてあげれば、子どもたちの想像力は膨らみます

ベストセラー『頭がいい人、悪い人の話し方』でおなじみの樋口裕一先生は、小論文指導の第一人者であり、主宰する塾では小・中学生にも独自の理論に基づく作文指導を行っています。作文・小論文の基本となる四部構成の「型」を中心に、様々なエピソードを交えながらアドバイスをいただきました。ビギナーにお薦めのクラシック音楽セレクションなども併せてお読みください。


※インタビュー【作家/多摩大学経営情報学部教授・樋口 裕一先生】(前編)はこちら

ホップ・ステップ・ジャンプ・着地


――「作文が苦手」という子どもは、昔からたくさんいますね。

作文が嫌いな子どもはきっと、作文をむりやり書かされる「勉強」と思っているためでしょう。でも、作文はそんなものではありません。作文も一種のエンターテインメントと捉え、文章を書く楽しさを教えてあげれば、自然と論理性や思考力が身に付いていきます。

――樋口先生が主宰されている「白藍塾」では、まず小学生に対しては、どのような作文指導をされているのですか。

基本的に物語っぽいものを書かせています。起承転結のテクニックを子どもに分かるように、「ホップ・ステップ・ジャンプ・着地」という言葉に置き換えて、面白さを引き出す作文通信指導を行なっています。つまり、最初に発端を書き、次に起こったことを書く。その次に、その出来事のクライマックスになって、最後にまとめるという「型」をまずしっかり教えて、その型どおりに書きなさいと言うのです。「タイムマシーンで未来に行きました」とか「無人島に着きました」「卵を拾ったら、中から何かが出てきました」といったSFっぽい題を出すと、子どもたちは喜んで書きます。たとえば「卵を拾ったら……」の題なら、「ホップ・ステップ・ジャンプ・着地」の四部構成にして、第一部で卵を拾い、第二部でその卵から何か変なものが出てきて、第三部で何か事件が起こり、最後に事件が解決されるといったように、各部分で書くべきことを大まかに言ってあげると、ユニークなアイデアがたくさん出てきます。ところが、「自由に書きなさい」と言って題名だけ与えると、「卵の中からワニが出てきました」「恐竜が出てきました」と、発想が同じになってしまうのです。ですから、むしろ型どおりに書かせるほうが、子どもたちの想像力は膨らむわけです。

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――おっしゃるとおり、「作文はエンターテインメント」なんですね。子どもたちにとって、たぶんプレッシャーとなっている夏休みの読書感想文なども、その方法を使えば解決できそうな気がします。

読書感想文そのものはすごく良いことだと思っています。ただ、ほとんどの場合はその感想文の書き方を教えないで「書きなさい」と言っているんです。それでは作文嫌いにさせるだけです。ただ「書きなさい」と言われた子どもたちは、延々とストーリーを書いていって、最後に「面白かったです」「考えさせられました」で終わる。それでは全く意味がありません。これも四部構成にして、第一部は読んだキッカケから始まり、第二部であらすじを書いて、第三部で感想を書きます。その感想の書き方も、どこが面白かったのか、どこが意外だったのか、不思議に思ったのはなぜなのかなど何パターンかあります。そして最後にまとめをするという手順を教えれば、誰でもすぐに書けるようになります。と同時に、第三部でさっき言ったようなヒントを与えてあげると、ちょっとひねったことを書こうとして、そのために本をもっと深く読むようになるわけです。

――中学生の場合は、作文というよりも小論文の指導になりますか。

そうですね。私が指導している小学校では、5年生から小論文を始めている学校もあります。小論文の練習では、課題に対して「問題提起・意見提示・展開・結論」の四部構成に沿った小論文を書き上げていきます。第一部で問題提起をし、第二部で反対意見を踏まえながら意見を提示して、第三部でその根拠を示し、結論に至るという流れです。小学生への課題は、「夏休みに宿題を出すべきなのか」「携帯電話を小学生は持つべきなのか」といった、子どもたちがイメージしやすいものにしています。一方で中学生の場合は、「学校の制服はあったほうがいいか」「ゴミのポイ捨ては厳しく罰するべきか」などが一例です。面白いのは、作文の苦手な子でも小論文だと書けるという傾向があることです。言ってみれば、小説家タイプと評論家タイプという、そういう頭脳構造に分かれるのでしょうか。


受信よりも発信の仕方を教えるべき


――文章を書いたり読んだりする上で、小・中学生にアドバイスをいただけますか。

私が一番言いたいのは、「発信しよう」ということです。日本の教育は受信中心で、受信能力ばかり高めようとしていますが、むしろ発信のほうが大事であって、発信をすることによって受信の精度も高まるのです。私は5年生から大分大学付属小学校に通っていたのですが、その学校では児童が「スピード新聞」という日刊新聞を発刊していて、今から2~3年前に通巻1万号を達成しました。これはすごい数字だと思いますね。私は40数年前にその新聞の記者をやっていたんです。当時はガリ版刷り1枚でしたが、自分の割り当てが300字くらいあって、それを午後4時までに書かなくてはいけない。ネタを探そうと思って校内を見回すと、どこそこが汚れているとか、中庭に何かの花が咲いたとか、何かしら書くことが見つかるわけですね。書くつもりがなければそういうのは見えないし、書くからこそ見えてくるわけです。発信があるから受信の精度が高まるというのはそういうことです。言いたいことを持つから、本を読んでそれを裏付けようとするんですね。ですから、まずは発信することです。ただ、言いたい気持ちを持っていても、どう言えばいいのかが分からない子どもたちには、その発信の仕方を教えるべきだと思います。

――今なら、ブログも発信の手段になりますね。

中学生にはぜひ、ブログを発信の場にしてほしいですね。それも読んでもらわなければ意味がないので、そのために工夫をすべきです。ブログは別の価値観を持った人が読んでいることを意識して書かなければなりません。不用意なことを書いてしまうと、自分に刃が向かってきてしまうことにもなりかねない。その辺りに気をつけるということは、社会性を持つということにつながるので、そういう意味でも非常に良いと思います。つまり、書くことによって他の人の考え方も訓練できるのがブログの良いところだと思います。日記を書くのは別として、基本的に書くという行為は、「これを読んだ人がどう思うだろうな」と思いつつ書くもので、売れっ子の小説家も常に読者を想定して書いているからこそ作品が当たるわけですね。ブログは書きながら読み手との対話をすることによって別の価値観を知るようになるし、他の人のブログも読むようになるでしょう。そのうちブログでは飽き足らずに本や新聞を読むようになるという効用もあると思います。

――小学生には、ブログはちょっと無理でしょうか。

うちの塾に大分県別府市に住んでいるMさんという小学生がいて、とてもよくできる子なので添削指導の際に褒めたのですが、そうしたらお母さんが「家庭新聞」という手作りの新聞を送ってきてくれて、これがとても面白いんです。Mさんが「作文コンクールで1位になりました」とか、その妹さんはまだ言葉を覚え始めたくらいで、「昨日はこういうことを言いました」とか、そういう記録が載っていたり、旅行に行ったことなどが書いてあるんですね。たぶん月に1~2回発行して、親戚や友達に配っていると思うのですが、今はパソコンで作成できますから、デザインも結構凝っています。ブログとは違いますが、これも立派な発信の手段ですし、何よりも新聞作りに参加させて、子どもたちにアピールさせてあげるというのは、親としてはすごく良いことだと思います。

インタビュー【作家/多摩大学経営情報学部教授・樋口 裕一先生】(後編)はこちら

プロフィール


樋口 裕一(ひぐち・ゆういち)

作家。多摩大学経営情報学部教授。「白藍塾」塾長。1951年、大分県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。立教大学大学院博士課程(専攻はフランス文学)修了後、翻訳業を行いながら、予備校講師として教壇に立ち、大学入試小論文の指導にあたる。1991年に独立し、小学生から社会人までを対象とした小論文・作文通信指導塾「白藍塾」を設立。主な著書は、『ホンモノの文章力―自分を売り込む技術』、『ホンモノの思考力―口ぐせで鍛える論理の技術』(以上、集英社新書)、『頭がいい人、悪い人の話し方』(PHP新書)、『頭のいい人の「自分を高く売る」技術』(角川書店)、『笑えるクラシック』(幻冬舎)、『樋口裕一の子どものやる気を伸ばす父親のひと言』(旺文社)など。そのほか翻訳書、学習参考書など多数。近刊に、ヴァーグナーの音楽と思想から近代文明の本質を解き明かした『ヴァーグナー 西洋近代の黄昏』(春秋社)がある。





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