2010-02-09

学芸科学創造館へようこそ!

「創造」のことばの意味は、「新しいものをはじめてつくりだすこと」です。
この創造館では、旺文社主催「学芸科学コンクール」に寄せられた作品の中から、中・高校生の創造的な作品を紹介していきます。
パスナビ編集部では、みなさんの感性を伸ばし、創造力を高め、これからの未来をひらいてほしいと願っています。

◆「学芸科学コンクール」とは◆

内閣府・文部科学省・環境省後援「全国学芸科学コンクール」は、「全国の小・中・高校生の研究・アートおよび文芸の振興奨励と、青少年の個性の育成」を目的に、各界多方面の方々からご賛同を賜り、昭和32年(1957年)の第1回開催以来旺文社が毎年実施しています。
「青少年の感性を伸ばし、創造力を高める」コンクールの教育的意義をご理解いただき、積極的なご応募を心からお待ち申し上げます。詳しくは学芸科学コンクールのページをご覧ください。

兄妹そろっての金賞受賞 (1)

第53回 読書感想文部門 金賞 村上千紘さん(高校1年生)
詩部門 金賞 村上皓哉くん(高校2年生)

詩部門、読書感想文部門にて、兄妹が同時に『金賞』受賞。
50年以上の学芸科学コンクールで、稀に見る快挙です。
受賞されたのは、現在慶応義塾高等学校2年生の村上皓哉さんと、明治大学付属中野八王子高等学校1年生の千紘さん。
豊かな感性と表現力、抜群の文章力とセンス、文章に向ける真摯な姿勢を合わせ持つ、おふたりの実力があってこその結果です。
今回はそんな文学兄妹に文学のこと、文章の書き方、将来の夢などを存分に語っていただきました。

全3回にわたってお届けします。

第1回
インタビュー:日常生活の中で「読書」とは・・・
作品紹介:村上千紘さん 「つながり続ける」
第2回
インタビュー:文章を書く秘訣や工夫
作品紹介:村上皓哉くん 「ばかの穴」
第3回

インタビュー:高校生活と将来の夢

第1回 日常生活の中で「読書」とは・・・

-これまで多くの本を読んでこられたとおもいます。よく好んで読む小説のジャンルはありますか?
千紘さん:今回はたまたまフランツ・カフカの『変身』という海外の古典純文学を選びましたが、ふだんは日本文学を中心に読んでいます。純文学やミステリー、SF、恋愛など、また古典、現代作品を問わず、日本文学に広くふれるよう心がけています。いろんな物語に接して、心に残る作品に多く出会いたいからです。そういう意味では、これまでなかなか海外文学に手が出せずにいたので、今回のコンクールはわたしにとって海外文学にも目を向ける良いきっかけになりました。
皓哉くん:昔は妹と同じように、特にジャンルは絞らないで色々な小説を読みあさっていましたが、最近は特にライトノベルに興味があります。ライトノベルの特長として、ファンタジー作品が多く、ゲームや映像、コミック化などにされやすい点を考えると、今もっともエンタテインメントというものを賑わせているジャンルではないでしょうか。難しいことを考えさせられずに、誰でも単純にその物語だけを楽しめることがいちばんの魅力だと思います。普段は読書をしない人が、読書をするきっかけには、ライトノベルをおすすめします。
-特に好きな作家を教えてください。
千紘さん:村上春樹さんです。物語に漂う独特の不思議な世界観が好きですし、独創的な比喩や表現といった文体にも憧れを持っています。これまで読んだ村上作品はどれも魅力的でした。
皓哉くん:ライトノベル作家の高橋弥七郎さんを尊敬しています。作品のなかでも『灼眼のシャナ』シリーズがとくに好きです。テレビアニメ化やコミック、ゲーム化もされた小説で、ライトノベル界でも大変人気のある作家です。どう想像したらあの独特の世界観が生まれるのか、その創造性の豊かさに憧れます。
■読書のきっかけは母親の存在。
皓哉くん:母がよく図書館から大量に本を借りてきていました。帰宅するとそれがテーブルの上にドンと置かれていて(笑)。幼稚園児の頃からそういう光景を目にしていたので、絵本からはじまり、成長とともに年齢に合った本へとステップアップしていった感じです。もちろん強制ではなかったので、自分の気の赴くままに読みました。それがいつしか読書習慣につながったのだと思います。
千紘さん:わたしも物心ついたときにはふつうに本を手にしていたと思います。でも、なにより好きだったのは、小さい頃に母が自分でつくった物語をよく聞かせてくれたことです。それこそあらゆるジャンルの物語でした。どれもおもしろくていつも楽しみにしていたくらいです。わたしが小説を読むようになったのは、母の想像力に富んだ物語のおかげですね(笑)。
■70冊以上! エッ、150冊も?!
皓哉くん:中学生のときに“図書”について学ぶ授業がありました。そのとき、年間どのくらいの数の本を読んでいるのかを計算する機会があり、実際に数えてみると年間70冊以上だということに気づきました。その冊数は今でも変わりません。
千紘さん:中学3年生のときがいちばん読書に時間を割きました。150冊は読んだと思います。今は小説や詩など文章を書くことに時間を費やしていますので、年間50冊くらいだと思います。

■編集部から

小さい頃から、本に囲まれて過ごし、本を読むことが自然であったお二人。
たくさん本を読むことで、ご自身の文章表現力も磨かれていかれたのかもしれません。
次回は、文章を書く秘訣や工夫についてお伺いします!

作品紹介

『つながり続ける』  村上千紘さん

混乱して意見がまとまらない。いや、まとまらないのではない。どうしても自分の中の一番醜い部分が浮き彫りになるようで書き出せない。何日も曖昧な気持ちの間を行ったり来たりしている。今も躊躇している。

グレゴール・ザムザは身の毛もよだつ毒虫に変身してしまった。体液を床に擦り付け移動し、頭をビンに突っ込み食事する。辺りに排泄する。読むのが辛くなるほどの気持ち悪さだ。家族であるなら世話ができるのか?答えは、どんなに考えても『いいえ』になってしまう。そんな自分に落胆してしまう。

グレゴールは家族のために働き続けてきた。自分の気持ちを押さえ、親の借金を返し、家族によい暮らしをさせようと努力してきた。妹を音楽学校へ入れてあげようとも考えていた。毒虫になっても人の話も聞けるし、心だって変わりはしない。しかし、それを伝える術がない。

はたして現実の世界でこんな事があるのだろうか?例えば介護の問題。年老いた親が倒れグレゴールのようになる瞬間があるのではないか? あるいは出産した子どもが病気で、または事故で・・いろんな場面で、変貌した相手と向かい合う瞬間がある。そして自分にもいつかそんな日が必ず訪れ、静かに死んでいく。

つまり生きるという自分側の事実がゆっくりと向かい合う相手に移行するということである。受け止める人がいなければ、ゆっくりと殺されるということなのかもしれない。大切な人の目に映る自分は、どんなに醜いかと想像する。それは突然命を断たれること以上に重く苦しいことだろう。

家族は毒虫に変わったグレゴールの姿を必死に隠そうとしていた。勿論、彼もそれを望んでいた。妹一人がグレゴールの世話に明け暮れ、それは『慣れ』とともに、心身を疲れさせていった。『疲れ』というより『麻痺』というべきだろうか?母を思いやる言動から、妹は心根の優しい娘だったに違いない。それは毒虫になったグレゴールにも向けられていいはずだった。しかし妹はどこかで彼を拒否する正当な理由を探していたようにも見える。母がグレゴールに倒される。これを転機に隠されていた気持ちが表面化し、家族が変化し始める。家政婦が雇われる。家族の気持ちを代行するかのように振舞うようになる。グレゴールは『あれ』と呼ばれ、徐々に家族から排除されていく。グレゴールの気遣いすら悪意として受け取られる。その死体は物のように片付けられていく。

捨て猫に餌を上げていた時期がある。家で飼うことを禁じられた私は、段ボール箱に子猫を閉じ込め、境内の下に隠した。学校から帰ると、誰にも言わずにミルクや食べ物をもってそこに足を運んだ。ある日、その猫は目が病気であることに気が付いた。目は日に日に悪化し、可愛らしい姿は恐ろしい形相を呈した。気持ち悪さに、抱き上げることが出来なくなってしまった。軽かった足取りは鉛のように重くなり、とうとう私はダンボール箱を開けたまま、その場から立ち去ってしまった。夜になると子猫の崩れた顔が浮かんできて私を苦しめた。

夏祭りの時、境内の下をそっと覗くとダンボール箱は無くなっていた。そのことに安堵するとともに、あの子猫はどうしたのだろうと悪い想像ばかりが湧き起こってきた。自分が殺したのかもしれない・・そう思うと、誰にも子猫のことを言えなくなった。今でも猫を見かける度に、あの日の事を思い出す。夏祭りが来る度に胸が締め付けられる。

人はいつでも二つの気持ちで揺れるものではないだろうか?苦しい気持ちを悪として封じ込めた時から闘いが始まる。一人で抱えれば、時にバランスを失うのが当たり前なのだ。弱い自分を認め、話すことが大切ではないだろうか?一人で抱えられなければ家族で、家族で抱えられなければ周りで・・と、本当の思いが何処に在るのかを確認していく必要がある。輪と広げていけば、どこかで修正できるはずだ。きっとそれは麻痺から開放された時、後悔に苦しむだろう自分を救うこともつながる。

何度も読み返すうちに胸に残ったのは絶望ではなく、グレゴールの『死』への悲しみだけだった。姿は変わってしまっても、その心はグレゴールそのものなのだから。生きることすら許されなかった彼の無念さを思う。生きている限り、この悲しみは形を変えて私に付きまとうだろう。

人は一人では死ねず、そして生きられない。それを知りながら、気付かない振りをして私達は生き続けている。その方が時には楽に思え、時には正しいように見えてしまう。グレゴールは目の前に存在する大切な人の未来であると同時に、自分の未来でもある。『つながることを諦めない』それが解決への第一歩になるのだはないだろうか。




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